官能小説と美少女ゲーム 伝統と革新
これまで美少女ゲームの革新性をずいぶんと論じてきましたが、美少女ゲームのエロスというのも全く何もないところから発生したものではありません。美少女ゲームがその前から存在するアダルトビデオと異なる点として次のものがあります。一つは着衣の美の強調であり、もう一つはSM的要素の愛用です。MBS Truthの「ぼくと子宮(なか)出し女教師」なども、この二つの要素が顕著に見られます。触手もので少し感じが違いますが、アイルの「魔を受胎せしものの苦悦」などもそうです。
アダルトビデオの場合、もともとソープなどで働いていた人をリクルートすると言うことがあり、また、アダルトビデオで有名になった後にストリップにでるというようなこともあり、裸の美しさを強調します。これにたいして、美少女ゲームはセーラー服、スクール水着、体操着といった衣装にこだわります。
アダルトビデオの場合、マニア向けにはSMものもありますが、おおくは女優を縛ると言うことはしません。これは女優がソープなどで働いているのであれば、体に縛られたあとができたりすれば、仕事ができなくなります。ストリップも同様でしょう。これに対して、美少女ゲームの場合、なにがしかSM的要素が含まれている作品が非常に多いと思います。
着衣の美と縛りの美というのは、これは浮世絵以来の日本の伝統美とでも言うべきものです。ヨーロッパのエロチックな絵はヌードの美を強調しますが、浮世絵の春画は着衣のエロスで全裸のものは少ないのです。これは、春画は限定生産の高級品であったため、色を多用した印刷が可能であり、その為に、華麗な着物をまとった女性を対象にするものになりました。
そして、明治になり、浮世絵師のなかから、伊藤晴雨という一人の鬼才が現れ、彼が浮世絵に縛りという要素を付け加えました。彼がこのような浮世絵を書き始めたのは、どうもモデルの問題があったようです。彼がモデルにしたのは、「お葉」というモデルですが、彼女は元々洋画のモデルをしていました。彼女に浮世絵のモデルをさせてもうまくいかず、縛り自由を奪うという構図を作り出したようです。お葉は後に伊藤晴雨のもとをさり、竹久夢二のモデルをつとめ、数々の傑作を残します。
洋画の女性像の場合、肉体の美を誇示するような構図になりますが、これは浮き世の場合にはおかしなことになります。さっき書いたように、浮き世の春画では着物の美がエロスを醸し出すのです。肉体ではありません。そこで、伊藤晴雨はお葉を縛ったのです。
伊藤晴雨以降、着衣の女性を縛るという日本独自のエロスが作り出されていきます。これは今の日本の美少女ゲームにも引き継がれている日本独自の美意識です。
紅屋妙人も美少女ゲームのような世界を文字で表現したいと思っているのですが、伊藤晴雨の縛り絵や、伝統文学にもずいぶんとお世話になっています。むしろ、70年代、80年代の官能小説よりも、伝統的な文学の世界の方がエロチシズムを感じる時があります。
せっかくの機会ですので、紅屋妙人の最新作および2006年の下半期の作品を紹介させてください。
紅屋妙人の最新作は
です。
続いて、2006年の下半期の作品はつぎのとおりです。
いずれも、でじたる書房で発表しております。さわりの部分は抜粋として無料でお読みいただけます。全文はでじたる書房にて380円でお買い求めいただけます。(18禁です。)



こんにちは。
いま美少女ゲームを制作中です。
着衣のエロスというのは同感ですね。
ある意味、女の子の裸のCGというのは、それだけでは淡白なのではないかと思います。
絵としての密度をあげるためと、フェチの嗜好を取り入れるためには着衣が必要になってくるのではないでしょうか?
あと、官能小説と美少女ゲームはクロスする部分があると思います。
文字でエロスを伝えるという技巧は、官能小説と美少女ゲーム以外ではあまり見られないと思います。
いま制作中の美少女ソフトも、文字でエロスを伝えることにこだわってます。
投稿: MILKCLUB | 2007年1月14日 (日) 00時44分